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さようなら河東線

今日3月31日。
 
北は青森 十和田観光電鉄。
中部では長野電鉄 河東線(屋代線)が廃止に。
 
長野電鉄では、時期同じくしてオリジナル2000系の引退と、寂しさが重なります。
 
 
その河東線
 
最後に訪問したのは、1993年の夏。
 
実に19年前のこと。
今思うと、無理をしてでも再訪しておくべきだったかな、と思っています。
 
 
そんな、93年夏のショットから
 
 

 
1993・7・11  モハ1501
アサヒペンタックス6X7  SMC-P165ミリ  RDP
 
 
 
データノートを付けていない時代のショットゆえ、駅間が思い出せず。
どこかの公園から俯瞰したと記憶しています。
 
 
 
 
そして、こちらも駅間不明です。
 

 
1993・7・11  モハ1502
アサヒペンタックス6X7  SMC-T105ミリ  RDP
 
 
 
山すそを走る区間があり、最初の訪問(1984年春)以降、何度か通いました。
 
 
 
思えば、信濃の山々が白銀の峰々となる季節には訪問していないんです。
考えれば、冬のシーズンは同じ信州でもシュプール詣に出かけており、余裕がなかったようです。
ちょうど、上の娘が3歳の頃で、まだまだ鉄に行ける回数も少なかった時代でした。
 
 
春の嵐と共に、消え去る河東線。
 
せつなさが残ります。
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年度末を終えて

平成23年度が終わりました。
 
思えば、この年度ほど周りでいろいろあった(ありすぎた!)期は無いのではと。
 
 
 
 
奇しくも今日は、そんな年度を吹き飛ばしてくれるような春の嵐。
 
 
 
 

 
2004・7・8  1853レ  DD51 857+899
*再掲です*
 
 
 
 
霧が晴れて、陽光が射し込む中、現れたDD51。
 
 
平成24年度は、こんな光が射す良き年度となりますよう。。。

貨物時刻表・訂正版

今日は決算日。
 
いつもより遅めの帰宅。
 
 
先日届いた貨物時刻表の訂正版が届いておりました。
 
 
付録のダイヤと3D葉書は添付していない由が書かれた、くだんの誤植のお詫びの書面入り。
時刻自体は、修正された感じではないです。
 
 
まあ、高価な本ですし、送料も支払っているので、今後も慎重な編集を望みたいですね。
 
 
 

 
2008・12・7  2090レ  EF64 1006
 
 
 
何も画像なし、というのも色気がないんで(爆)
白スケベゴム時代のハンサム1006号機でも。
 
 
クーラーもないし、撮る方から見れば美味しいカマでした。

1年前

ちょうど、ほぼ1年前のショット。
 
 
休日に甲種があり、久しぶりにこの地を訪れました。
 
 

 
2011・3・26  9275レ  EF65 1101
 
 
この周辺も、ずいぶん変わったものだと驚いたものです。
 
 
牽引のPF1101、大宮工場に入場したようですね。
廃車が続くPFですが、こうして検査を受けるカマはラッキーなんでしょう。
まあ、更新カラーですが、もう色には拘っている場合じゃないですし。

もうそろそろ

3月も今週で終わり、来週から4月に。
 
寒かった冬もようやく終わりを告げ、春が一歩ずつ近づいています。
 
 
その一方で、冬季活転だった石油輸送。
そろそろ一部は完全に土日ウヤに戻り、根岸が土曜活転で残る季節に。
 
 
 

 
2012・3・17  5078レ  EF65 1061(代走)
 
 
 
PFでの青タキ@川崎・千葉系統は、土曜の8179レ位しか撮影出来ず、
4073レあたりも少しは動くかもですが、まああまり期待は出来ないし。
残る緑タキの根岸、これは過去の実績から土曜は大丈夫かと思いますが。
 
 
やはり暖かくなると、朝練か午前中で切り上げ。
なんてパターンが増えてくるのかも知れません。
 
 
今度の土曜日、また天気が悪そうなんですよね。。。
 

見直したこと

先週、京都自宅へ帰省した時のこと。
 
駅からは、地下鉄&バスの乗り継ぎで帰宅となるのですが、そのバスでの出来事。
 
珍しく大学生の女の子が3-4名乗っておりました。
時間的に、食事をしてからの帰宅かと思われた頃。
 
 
バスから降りる際に、運転手に向かって
 
「ありがとう」
 
と一声かけてみんな降りて行くのです。
 
 
定期で毎日乗降する市バス、彼女達にはかけがえのない足。
 
ごく自然に「ありがとう」という言葉が出るあたり、これはと!
 
 
近頃の若いモンの方が、気遣いが出来ているやん。
それに引き換え、オジイ連中のマナーの悪さは、、、と思うと恥ずかしくなりました。
 
 
 

 
 
復活蒸気は、本物じゃない。
 
と思っていた私を、根底から揺さぶったD51 498。
 
 
これもまた、復活蒸気を見直した瞬間。
 
 
 
世の中、いろんな所で物事が変化しているのかと思います。
 
 
くだんの市バスで見かけた彼女達に、大切なものを教えてもらった気分です。
 

はや半世紀

私事で恐縮ですが(というより、ブログ自体が私事!?)、今日で齢50を数えました。
 
この世に生を受けて、はや半世紀。
 
つい先日、大学生活を送っていた、、、なんて思っていたら、月日はどんどん過ぎ去り。
「思えば遠くへきたもんだ」じゃないですが、今では女房・子供持ち。
 
 
 
そんな私が、同い年で最も親近感を持っている車。
それは、南部縦貫のキハ101・102の2両。
 
 
昭和37年、富士重工製。
今では営業運転は行われていませんが、大切にされているようです。
 
 
そんな彼らの1983年冬の姿です。
 
 

 
 
野辺地では、2両のレールバスが並ぶ姿が一時的に見られました。
左がキハ102、右がキハ101です。
この頃、キハ102は行先サボがなく、すぐそれと判りました。
 
 
 
 
 

 
 
国道が近くにあったので、坪のあたりだったような記憶があります。
乗ったら撮れないので、駅間を歩き潰しながら撮影しておりました。
やはり大学時代、体力があったんですね。
 
 
 
 
 

 
これは、坪川のあたりだったような。
データノートはあるのですが、南部縦貫で5日間ほど撮っており、確定が?(笑)
後ろは牧場ですが、すっかり雪に埋もれてますね。
 
 
 
 
 
 

 
 
お手軽、駅先写真です(爆)
場所は盛田牧場前。
逆側のジェットコースターアングルが有名でしたが、こちらも撮影OKでした。
まあ、沿線ほぼどこでも絵になる路線ではありましたが。
 
 
 
 
 
いま、レールバスは一休みしていますが、私はこれからもまだまだ頑張ります。
かじられる程のスネもなく甲斐性もないですが、これが私の生きる道。
 
4段ギアを変えながら、前へ進んで行こうと思います。

帰省時の楽しみ

この週末、京都へ帰省しておりました。
 
毎度のことながら、家でゆっくりすれば良いものを、用事がない時はプチ鉄に。
 
改正前なら、朝練で6170レワム、4002レ等、午前中ちょいと山崎界隈へ。
というのが毎度のパターンでしたが、今ではそれもなく。
 
改めて、寂しさを感じたものです。
 
 
 

 
2012・3・24  4071レ  EF81 126
 
 
今後は、午後練で81貨物狙いでプチ鉄というパターンになりそうです。
 
24日は、ダイヤ乱れで1本しか撮れずでしたが、平常ダイヤならば、
EF510含めて3本を1時間ちょいで撮れる効率の良さなんです。
 
晴れると、モロ逆光になってしまうのが欠点ではありますが。
 
 
 
 
 
この改正で、同じく姿を消した飯田線119系。
東京へ帰還する幹線から、浜松運転所に集められた彼らの姿が目に止まりました。
 
 
色んな変化を、じわじわと実感させられた週末でもありました。

定番ですが

3月に入り、EF81で行われている転換訓練運転。
 
25系寝台と田端81、定番と言えば定番のペア。
 
 

 
2012・3・10 試9501レ  EF81 81
 
 
やはり、しっくりきますね。
 
7連という長さ、カニも付いた組成で臨客を思わせる雰囲気。
 
 
これで営業運転出来たら、多少は儲かるのに。

方転後の北斗星

先日の改正から、電源車が下り方(東北線内では)になった北斗星。
 
 
今までの撮影地で見た雰囲気と、やはり異なっています。
通路側と寝台側が非対称なのが、その要因かと。
 
 

 
2012・3・18  2レ  EF510-505
 
 
窓の統一感は、やはり通路側になりますが、寝台側の特徴も捨てがたく。
 
暫くは、また新鮮な気分で楽しめそうです。
 
 
私的には、505号機の2レ、初撮影だったりします(嬉)
プロフィール

RDP3

Author:RDP3
お越しいただきありがとうございます。罐メインで撮っている、オッサンのブログです。

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