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今年もお世話になりました

本日もお越し頂き有難うございます。

2019年大晦日。
早いもので、、、、とは毎年言っておりますが、やはり1年早いもので(笑)

元旦の撮り初めからスタートした2019年。
遠出は、北は磐越西線まで。西は帰省と写真展兼ねて大阪まで。
とまあ、近場での記録撮影重視となった年(特に後半戦)でしたが、そこそこは撮れたのかと思っています。

いつも言ってますが、撮りたい物全てを撮っていたら、その時点でこの趣味から足を洗っている訳で。
少しの後悔と満足感が同居してはじめて次へつながるのかと思っています。

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2019.12.30
5971 EF652068

Yahooブログからの引越、拙宅の引越と、バタバタしましたが2020年はどんな年になりますやら。

今年もお世話になり、ありがとうございました。
良き年をお迎えくださいませ。
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ON  HE RAILWAYS2019写真展出展写真より

本日もお越し頂き有難うございます。

早いもので、2019年もあと一日余り。

久しぶりに写真展に出展出来た年でした。

その出展作で、比較的皆さんからご支持いただいた一枚

190202_164742-7305-deki502_01のコピー

2019.2.2
親鼻~上長瀞

ゴーストが出ていますが、これは避けようがなかったです。。

2020年、参加できるかどうか、出展出来るような写真が撮れるかどうか、、、、

記録写真がほぼメインとなっている最近ですので、どうなりますやら?です。


改めてご来場の皆さまに御礼申し上げます。

行くで東北~冬のごほうび1983~エピローグ・東北の〆は南部縦貫

本日もお越し頂き有難うございます。

2月26日に出発した、今回の遠征もいよいよ東北滞在は10日で最終日。

お馴染みの三沢駅前 末廣旅館をでて、野辺地へ。

ラストは、あまり撮れていない盛田牧場前~七戸を徒歩で移動しつつ撮影。

190804_205129-830310-5-kiha101のコピー

1983.3.10
5 キハ101

後追い撮影ながらも、辛うじて山々が見えるショットが撮れました。
後年、もっとスッキリ撮れる場所での写真を見た時はショックでしたが、まあ仕方ありません。
歩きでロケハンしアングル見つけながらの撮影でしたので。

帰路は、バスで十和田市へ。
十和田観光鉄道のELが撮りたくて、、、、

190804_205227-830310--ED402のコピー

1983.3.10
ED402

入換シーンしか撮れませんでしたが、それでも満足だったようです。

三沢1334 1014M特急「はつかり14号」 盛岡1515
盛岡1631 3009M特急「たざわ9号」 秋田1834
秋田2040 6404急行「おが」14系ハザ 上野654
上野723 831M 熊谷835
~東武鉄道 熊谷線乗り潰し~
熊谷1238 908M急行「草津・ゆけむり2号」165系 上野1330
東京1418 303M急行「東海3号・ごてんば3号」165系 静岡1713
静岡1728 471M 浜松1853
浜松1919 285A特急「こだま265号」 京都2112

一気に行程を記しましたが、田沢湖線乗り潰しの後、秋田で夕食。
ハタハタ定食と熱燗(寒い時はこれに限ります)で、旅の最後の贅沢を。

混雑する「津軽」を避けて、秋田発の季節急行「おが」のハザで上野へ。
熊谷へ取って返し、廃線前の東武鉄道熊谷線を乗り潰し。

その後は、急行ハザの乗り継ぎで静岡まで。
幹線特急券代を少しでも安くするため、浜松まで普通で移動。
浜松から幹線に乗り、約2週間ぶりに京都へ帰ってきました。

今回の総旅行費用は、約88.000円

ローカル私鉄の乗車券が結構高くついたのと、宿泊費が大きいですね。
この3月は、後半戦で鹿児島交通を訪問しており、1ヶ月で12万円以上のコストを掛けて遠征した事になります。

今までの中で、撮影日数が二番目に多いのがこの1983年3月で、16日間家を空けて撮影をしておりました。

帰宅後、せっせとTri-Xの現像に励み、現像タンクを開けた瞬間の喜びと落胆、それを楽しみながら次の撮影へと望むのでした。


長きに渡り、駄文拝読頂き有難うございます。
後半チョット疲れてきましたが、また別の遠征記をしたためる機会を持ちたいと思います。

(完)


行くで東北~冬のごほうび1983~再びの津軽鉄道ストーブ列車

本日もお越し頂き有難うございます。

2月26日に京都を出発し東北をさすらう事、はや10日。
いくら体力のある学生時代とは言え、徐々に疲れが出て来ます。

南部縦貫で丸々二日を過ごし、7日夜は恒例の青函待合室泊まり。
明けて8日は、再び津軽鉄道ストーブ列車狙いに出向きます。

青森450 4002M 以下お馴染みのコース(笑)

190804_204104-830308-3-DD351のコピー

1983.3.8
3 DD351

僅かに晴れそうな雰囲気ですが、岩木山は見えず。
この遠征期間中で、岩木山が綺麗に見えたのは一日もなく、ちょっと心残りです。

いつも通り、午前中で切り上げ。

その後は、弘南電鉄と国鉄のクロスへ向かい撮影するも、あまり気が乗らず。
弘前から急行「津軽」で大館まで出て、急行「むつ5号」で青森へ。
青森2100着で、前夜同様に青函待合室泊まり。
やはり、疲れがたまってきています(なのに節約したいので、待合室泊まり!)

明けて9日

三度目の白鳥2号乗車で、性懲りもなく津軽鉄道へ。
これで、5日間出向いたことになります。

走行シーンは結構撮ったつもりだったので、乗客絡みと車内を撮るべくこの日は行動。

再掲ですが

津軽4

1983.3.9
2 DD351

金木駅で、通学の高校生と助役さんを絡めたショット。
数を打ちたいので、Tri-Xの出番です。

車内は

830309-2-oha31.jpg

1983.3.9
オハ31車内

この車内の若者も、今や50半ばを超えていますね。


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1983.3.9
54 DD351

いよいよストーブ列車のラストショット。
この後、501列車(DD352+ナハフ1200X2)を撮り、五所川原へ。

弘前経由で大館へ出て、同和鉱業小坂鉄道の訪問へ。

三重連貨物で有名でしたが、なぜか乗り潰しだけに終わり、走行は撮らず。
ここでも残念なことをしたと反省です。
ストーブ列車にそそぐ気持ちが大きくて、こんな結果になったのかと思っています。

190804_204749-830309-kosaka-kiha2107のコピー

1983.3.9
キハ2107
同和鉱業小坂鉄道 花岡


全線乗り潰しのあとは、東北での最終日。
南部縦貫へ再度向かうべく、三沢へ。

大館1612 4001M 特急「白鳥1号」 青森1803
青森1837 3646D 快速「なつどまり」 三沢1951

お気に入りの末廣旅館に投宿。

次回で、最終〆となります。

(続く)

行くで東北~冬のごほうび1983~南部縦貫三昧

本日もお越し頂き有難うございます。

3月6日の続編、ようやく南部縦貫訪問です。

青森で北海道へ渡る女性と別れた後

青森640 1004M 特急「はつかり4号」 野辺地712

ん、、、これなら「八甲田」を野辺地で降りる選択肢もあったのですが、なぜか青森まで(笑)
まあ、その理由は前回の記事の通りなんですが。
学生の一人旅、ちょっとは色気がないと、ね(^^)

この日は、南部縦貫と並行するバスを利用して、駅間徒歩撮影もやりつつ一日を過ごします。

坪・坪川・中野・盛田牧場前の界隈で、レールバスと貨物を撮影。

190721_230823-830306-6-kiha101のコピー

1983.3.6
6 キハ101
道ノ上~坪川


駅至近の好撮影地。
国道4号線沿いに走る区間も多かったと記憶していますが、お手軽撮影地も点在していました。

190721_230906-830306-52-DD45のコピー

同上
52 DD45


南部縦貫鉄道の大切な収入源、貨物輸送。
国鉄の車扱い貨物廃止が、南部縦貫の廃止につながったと言っても過言ではないほどでした。

この日は、野辺地へ戻り三沢まで移動。

野辺地1812 1022M 特急「はつかり22号」 三沢1834

こんな短区間でも、ワイド周遊券の威力で特急自由席に。

三沢駅前の末廣旅館にて泊り(一泊3.500円)

この末廣旅館、以前に南部縦貫訪問時に泊まった事があり、リーズナブルな商人宿であったので今回もチョイス。

3月7日

7日も南部縦貫訪問。

三沢から十和田観光鉄道に乗り十和田市へ。
十和田市から急行バス青森行で後平へ。

後平を軸に、坪、西千曳の両方向へ歩きで移動。

190726_225340-830307-8-kiha101のコピー

1983.3.7
8 キハ102
後平~坪

天間林小学校へ通う子供たちの通学列車。
車内では、子供たちと運転手さんの会話が弾んでいます。
日々の通学の中での、微笑ましい光景。

190726_225512-830307-53-DLのコピー


同上
53 DL45
西千曳~後平

タキ1両を引き連れて、七戸に向かいます。

南部縦貫は、レールバスメインの構図で撮っていたので、どうしても正面がちかサイドか、になってしまいます。
今思えば、もう少しアングル調整して撮るべきだったのかも?と
ただ、積雪の中、自由にアングルが決められる訳でもなく、当時も悩みつつやっていたのかもしれません。

夕方まで撮り、七戸と野辺地でバルブ撮影。
七戸では、ブルーになりつつある空バックでの撮影でした。

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同上
14 キハ102

野辺地駅前の食堂で、熱燗片手にとんかつ定食で夕食。
快く酔いが回ったところで、青森へ。

野辺地2028 1017M 特急「はつかり17号」 青森2105

今夜も青函待合室で泊まりです。

(続く)





行くで東北~冬のごほうび1983~夜行座席急行の思い出

本日もお越し頂き有難うございます。

37年近く前の記憶を呼び起こしつつ、今日も記していきたいと思います。

1983年3月5日

急行「八甲田」の自由席の座席確保がしやすいよう、仙台から一旦福島へ。
福島2312~青森615

急行「八甲田」は12系9Bに荷物を付けた10B組成。
ハザシ1Bで、残りはすべてハザという輸送力列車。
上野を19時過ぎに発った八甲田、黒磯辺りまでは夕通勤でも利用され、仙台辺りまでは最終昼間急行としての役割も果たし。
直通客も多いものの、区間利用者も多く、仙台までは入れ替わりも多い列車
福島から乗り込んだ私は、相席ながらも1ボックス一人の所を見つけ、先客の女性に「空いてますか?」と確認して無事座席を確保。

周遊券で夜行急行の自由席で旅をするのが当たり前だった時代、相席になった人と「どちらまでですか」とか「どちらから」という話題から話をすることが多く、この夜も相席の女性と話の華を咲かせることに。
こういった、旅での偶然の出会いというか、ふれあいというか、それが楽しみで気ままな一人旅を良くしたものです。

その彼女、年齢的には私と変わらず、東京から北海道へ帰る旅の途中の由。
どんな話をしたか記憶が薄れていますが、その彼女のお手製の「にんじんのケーキ」をご相伴に預かったのは鮮明に記憶しています。
仙台を過ぎてしばらくしてからでしょうか、2時間ほど話をした後、就寝。
12系で2人1ボックスですから、線路に直角になる形で眠りにつきました。

翌朝、浅虫のあたりで目ざめると窓の外は雪がこびりついた状態。
青函連絡船で北海道へ帰る彼女と、一晩世話になった八甲田の前で記念撮影したのが、下のショットです。

8302-103re.jpg

1983.3.6
103 盛アオ12系

彼女の連絡先を教えてもらい、京都へ帰宅後、大キャビネ(13X18)の写真に仕上げ、手紙をしたため郵送。
その後も何度か手紙のやり取りはありましたが、やがて途絶え。
もう名前すら忘れてしまいましたが、二十歳の頃の旅の思い出として、今も記憶に残っています。

袖触れ合うも他生の縁、といった言葉がまだキチンと通用した時代。
車内はたばこの煙が漂い、座席も今と較べると快適さとは程遠い状態でしたが、「旅行」ではなく「旅」を楽しめた時代であったと思っています。


*Yahooブログ時代に、当件について記していたはずですが、今回の撮影記をしたためるにあたり再度記事としてアップさせて頂きました。

(続く)

行くで東北~冬のごほうび1983~岩手・宮城と乗り潰し

本日もお越し頂き有難うございます。

飽きもせず、、、もう飽きてるわい!、というお叱りの声もなく、、、、かどうか定かではありませんが。
3月3日の続編です。

青森002発の102急行「八甲田」へ乗り継ぎ。
前日は待合室泊まりで、今夜は12系ハザがお宿。
一晩おきに布団の上で寝る行程を取りたいのですが、なかなかうまくいかず。

3月4日
小牛田456早朝の駅に降り立ち、石巻線へ乗り換え

小牛田543 821D 女川724
女川733 824D 前谷地831
前谷地910 3925D 気仙沼1107
気仙沼1124 3329D 快速「むろね」 盛1232
盛1316 5 岩手開発鉄道 岩手石橋1344
岩手石橋1345 6 同上 盛1406

乗り潰しと岩絵開発鉄道の訪問でほぼ一日が潰れています。
岩手開発は、貨物の走行は盛駅付近で撮っただけ。
旅客営業は止めて久しいですが、貨物を撮りにまた行きたいと考えています。

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1983.3.4
6 キハ202
岩手開発鉄道 岩手石橋

機能一辺倒の「きかん坊」みたいな独特の顔つき。
盛のクラには、夕張から来たキハ303が整備中で佇んでいました。


盛1649 527D 吉浜1721
吉浜1727 528D 盛1757
盛1825 342D 一ノ関2126

一ノ関グリーンホテル(一泊4.900円)泊り

3月5日
一ノ関751 3532M 455系快速「くりこま」 石越809

この日は午前中、栗原電鉄で撮影。
メインは、やはり貨物で、片道のみおさえて他へ移動です。

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1983.3.5
51 ED351
栗原電鉄 沢辺~大岡
ニコンF ニコンE75-150 KR

石越1235 1538 旧客 仙台1408
仙台1418 特急「やまびこ52」 福島1446
福島交通乗り潰し・桜水車庫見学
福島1743 2037M 特急「つばさ9号」 山形1904
山形1940 1814D 急行「べになな4号」 仙台2105
仙台2122 528M 福島2251

とまあ、午後は乗り潰しメインで福島まで。

ここで、今夜の宿、上野からの急行「八甲田」を捕まえます。



行くで東北~冬のごほうび1983~ドカ雪列車と弘南電鉄

本日もお越し頂き有難うございます。

日々昔の記憶をノートと共にたどりつつ書いております。
行くで東北~冬のごほうび~シリーズ。

今日は、3月3日編です。

寝心地の良い青森駅青函待合室でマルヨし、早朝の白鳥2号へ

青森450 4002M 特急「白鳥2号」 弘前520
弘前537 1121-724D 五所川原631

恒例の51列車に乗り、金木へ。
朝のストーブ列車の入駅~出発狙いです。

凄い形相で入駅してきました!

190721_224910-830303-2-DD351のコピー

1983.3.3
2 DD351
ニコンF 50ミリ KR

津軽中里の入換線、かなりの積雪だったのでしょうか。
入換作業の苦労がしのばれます。

たくさんの学生を載せて

190721_224927-830303-2-oha31のコピー

同上

あまりの雪の多さに、ポジで後追いも撮っていました。

この日も午前で切り上げ。
東北入りして、既に3日連続で津軽詣。それほどまでに魅力を感じています(今でも)。

この当時、日本生命のCMで「日生のおばちゃんシリーズ」があり、津軽鉄道も舞台になりました。
”日生のおばちゃん自転車で笑顔運ぶ故郷よ~”のデュークエイセスの歌声も忘れられません。

五所川原1113の1729Dで弘前へ。
この日の午後は、弘南鉄道の撮影です。

弘前から弘前中央まで、街を歩いたのですが、そこでビックリ。
あまりにも美人が多い事!!
”こりゃ、偏差値が一番高い街かもしれん!”
そう思ったほど、綺麗な人が多く。
といっても、ここで浮いた話は出てこないのですが(笑)

車庫のある津軽大沢付近で、走行を撮ります。

190721_225954-830303-moha2253-kuha1267のコピー

1983.3.3
モハ2253+クハ1267

良い車ですね!
重圧感があって、いかにも電車という感じ。

190721_225929-830303-kuha1610-moha1121のコピー

1983.3.3
クハ1610+モハ1121

こちらは元国鉄の払い下げ車。
形式もそのままで使っていました。
浜川崎支線で動いていた編成の仲間ですね。

数本撮影し、大沢の車庫を見学。
当日も申し入れでも、快諾頂き見学出来ました。


3月に入ったとはいえ、16時近くなると走行撮影は厳しくなります。
今と違って、ポジはASA64のKR、モノクロはASA400のTri-X。
早めに切り上げて、乗り潰しに。

大鰐1606 639 50系 弘前1620
弘前1632 402 20系 急行「津軽」 鷹ノ巣1733
鷹ノ巣1834 235D 28.40系 比立内2004
比立内2008 238D 同上 鷹ノ巣2143
鷹ノ巣2228 4003M 485系 特急「白鳥3号」 青森2351

この夜は、そのまま急行「八甲田」へ乗り継ぎです

(続く) 

行くで東北~冬のごほうび1983~青函待合室仮眠

本日もお越し頂き有難うございます。

”行くぜ東北~冬のごほうび、、、を文字って”行くで東北~冬のごほうびと題した撮影記。
3月2日の続きとなります。

金木の斜陽館を朝早く出て、線路際へ。
前日目星をつけていた、金木の先の築堤(芦野公園側)へ。

190721_224015-830302-2-DD351のコピー

1983.3.2
2 DD351+ナハフ1200+オハ31X3
芦野公園~金木


190721_224552-830302-502-DD352のコピー

同上
502 DD352+ワム80000/70000+ナハフ1200X2
毘沙門~津軽飯詰


いずれもニコンF KR

罐横の標識が消えたら切る、と思っていたのに早切り。。。
失敗作ですが、敢えてそのままアップします



朝の通学用ストーブ列車をメインに、この日は金木・津軽飯詰で撮影。
混合列車を含めて、午前中には客レタイムが終る事から、午後は乗り潰しへ。

五所川原1326 1734D キハ40 能代1643
能代1709 238 61系 東能代1715
東能代1723 446 50系 追分1826
追分1900 139D 男鹿1939
男鹿1944 142D 秋田2045
秋田2117 4003M 特急「白鳥3号」 青森2351

この日の宿は、青森駅青函待合室!
以前、ここの待合室は終夜開放されており、有効な切符を所持していたら一晩居てもOK!
おまけに木製の長椅子が健在で、マルヨするにはもってこい!
鉄道公安官の車内改札ならぬ待合室改札があり、東北ワイドを見せ「翌朝の白鳥に乗る」と告げればOK。
実際、青森450の白鳥2号に乗るには、ここで泊まるのが一番なんですが、宿代が浮くのが大助かり。
公安さんの見回りもあり安心できるし、暖房完備だし、言う事なしでした。
この旅では、この後も数回お世話になっています。

ということで、翌朝4時半頃まで暫しの眠りにつきます。

(続く)

行くで東北~冬のごほうび1983~客レと芦野公園・斜陽館

本日もお越し頂き有難うございます。

一昨日分から、冬の東北遠征記を記しています。
時は、1983年2月末~3月中旬。冬の東北へ、津軽鉄道ストーブ列車・南部縦貫レールバスの撮影をメインとして遠征。
国鉄系にはほぼ目をくれず、ひたすらローカル私鉄メインで全駅間での撮影を一つの目標で歩き潰しをした所も。
約2週間の間、ほとんどがローカル私鉄三昧という遠征です。


3月1日
五所川原で泊まった翌朝、653発の51レで津軽飯詰・毘沙門・芦野公園・金木と撮影を進めました。

Twitterでストーブ列車の混合列車版をアップしましたが、その逆サイドからのショット。
列車は混合列車の502レ

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1983.3.1
502 DD352
毘沙門~嘉瀬
ニコンF 50ミリ KR

この日は、終日津軽鉄道で撮影。
午後のひと時は、芦野公園の太宰治記念碑を見に。

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「選ばれてある事の、恍惚と不安と二つ我にあり」と記された記念碑。
ひっそりと佇んでいました。

この日は、今回の遠征で楽しみにしていた斜陽館での宿泊。
いまは旅館として営業していないようですが、当時は日本旅館として営業をしていました。
津島家(太宰の本名)の手からは離れ、人手に渡っていましたが、内部は昔と変わらず。
太宰の部屋は、蘭の間と呼ばれ、夕食で一緒になった日大芸術学部の女性と共に、その蘭の間へお邪魔ししばし歓談。
こういったふれあいも、一人旅の楽しみでありました。

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斜陽館(一泊夕食付で6.500円)。
翌朝は、朝食を抜きとしてもらい朝一から撮影に飛び出しました。

(続く)
プロフィール

RDP3

Author:RDP3
お越しいただきありがとうございます。罐メインで撮っている、オッサンのブログです。

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